城下町ブログ

第2回:上級

ちまたの「ジョー」を探してみるという原稿を毎月書くことになったので、新元号になんとか「ジョー」がつかないものかと祈っていたのだが、願いは通じず「平成」もいよいよ終わろうとしている。3月に発行した「南部再生」第59号では「さらば平成」と題して、平成30年史をあくまでも尼崎目線で振り返っている。配布から多くの反響をいただいているのが、表紙を飾る「平成」の「成」の字。よく見るとなんか物足りない。そう、払いの一画が抜けているのだ。

編集部には問い合わせの電話がなんと3件も(少な!)。さらに出会った読者からも直接「あれ、なんか意味あるんですか」という質問が容赦なく浴びせられている。「うーん、どうでしょう。イラストレーターのセンセイのこだわりがあるのかな」なんて、もごもごと答えているうちに色んな説が読者から勝手に浮上してきた。

平成はまだ終わっていないぞ説、そういうデザイン説、「払いの一筆はご自身でどうぞ」という読者参加型表紙説、成の部首は「戈<ほこがまえ>」なので争いのない時代にという願い説などなど。よくもここまで考えたなという秀逸な解釈が寄せられ「もう、そういうことでいいです」と言いたくなっているのだがだめだろうか。そういえばこの「成」の字、音読は「ジョー」でもある。おあとがよろしすぎて、これでブログを終わりたいところだが、城下町の話題をもう一つ。

こちらは矛(ほこ)ではなく槍(やり)の話。その人に出会ったのは去年の12月。ある会議で「ほんしんきょうちりゅうを復興したい」という謎のおじさんのプレゼンを聴いた。一聴しただけでは、一体何を言っているかさっぱりわからない。これはヤバい人ではないかとぞくぞくしていると、どうやら「槍(やり)」の流派のことだという。
石川哲也さん(52)は、尼崎藩ゆかりの「本心鏡智流槍術」は現在絶えているが、多く残されている古文書を読み解き、尼崎城復興をきっかけにこの槍術を復元させたいという。

<「みんなの尼崎大学」というプロジェクトの相談室での一コマ。>

石川さんが槍と出会ったのは27才。会社勤めのかたわら、槍の稽古にいそしみ、さらに古文書をひもときながら様々な流派の術技を探ってきた。「師匠は古文書の中にいた」と語る彼を一言であらわすなら「槍マニア」。それも筋金入りだ。そんな彼から稽古に誘われたので出かけて行った。

日曜日の午後、サンシビック尼崎の体育室には7人のお弟子さんの姿があった。つまり、現在世界でこの流派の門人はおそらくこの7人だけ。本心鏡智流七傑というわけだ。月3回ほどの稽古には、なぎなたや剣道の経験者、まったくの武道初心者、歴史に興味がある人など様々な人が、この槍の魅力はもちろん師匠である石川さんの人柄を慕って集っていた。

<腕に覚えのある人もそうでない人も共に稽古にはげむ。>

はじめに槍の構え方や脚さばきについて、師匠の手本に門人が習う。あのスーツでプレゼンしていた怪しい姿とは一転、凛とした佇まいにこちらも身が引き締まる。武術の稽古というと厳しく辛いものを想像していたのだが、石川さんの教え方は非常に温和でやさしい。

<槍も防具もDIYで作ったというこだわりよう。>

槍の中ほどにフックのような金具がついているのが本心鏡智流最大の特徴である「鍵槍」だ。これを使った「取り」と「掛け」という上(ジョー)級技を繰り出しながら、相手の槍の動きを制する。門人たちも挑戦するがこれにかなり苦戦しているようで、体の開きと足さばきなど体全体を連動させながら繰り出す術に奥深さがある。

<鍵で相手の槍を「掛け」て抑え込んだ隙に突くのが特徴。>

詳しくは「南部再生」最新号の連載「the技」で岡崎勝宏さんが解説してくれているので、市内で見つけたら読んでみていただきたい。門人も募集中、稽古に興味のある人は石川さんへメールを。masazanekun@yahoo.co.jp