尼崎の近代建築を訪ねて【ウォーキングコース】

阪神尼崎周辺には徒歩で巡ることができる近代建築がたくさん残っています。季節の良い時期にお散歩がてら近代建築を巡ってみてはいかがでしょうか。

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大阪などに比べて空襲被害が少なかった尼崎には近代建築が数多く残っていて、それらの建物の一部は博物館として利用されています。

今回は、阪神尼崎付近の近代建築をめぐるウォーキングコースをご案内します。

[モデルコース]
善通寺レンガ壁→尼信会館→世界の貯金箱博物館→本町ビル→開明庁舎→大津表具店→旧尼崎警察署→尼崎市立歴史博物館→尼崎レンガ倉庫

(距離)約2㎞ 

(施設内部を見学しない場合の所要時間)約45分

尼崎市街図(昭和11年、尼崎市立歴史博物館あまがさきアーカイブズ所蔵)

1 善通寺レンガ壁

善通寺門前(大正12年頃撮影、あまがさきアーカイブズ所蔵)

善通寺のレンガ壁は、明治~大正期に善通寺が築造した部分と、昭和22年(1947)に東洋紡績尼崎工場から移設された部分、その後新しく築造された部分の3世代があるそう(あまがさきアーカイブズへ取材)。

東洋紡績尼崎工場から移設されたのは、昭和20年の空襲で被害を受けた同工場が戦後レンガ塀を取り除くことになった際に当時塀がなかった善通寺に一部を移設したんだとか。

社員で檀徒だった方が、レンガ塀を1mごとに分解してトラックで何往復もして運んだと伝わっているそうです。

2 尼信記念館

尼信記念館は、尼崎信用金庫初代本店事務所として使われていた建物です。

建築年は不明ですが、明治期のレンガ造りの建物で、大正10年(1921)に前身の尼崎信用組合が創立した際に本店事務所として初代組合長の小森純一氏の所有の建物を無償で借り受けたものだそうです。

平成2年(1990)1月に「尼崎市都市美形成建築物」、平成23年(2011)3月に「兵庫県景観形成重要建築物」の指定を受けています。

創業100周年を記念して改修工事が行われ、昨年セレモニーが行われました。

普段は内部非公開ですが、創業記念日に一般公開があることも。

3  世界の貯金箱博物館

世界の貯金箱博物館は、日本はもちろん、欧米やアジア、中東など古代から現代まで世界62ヵ国、24,000点を超える貯金箱を収蔵するユニークな貯金箱の博物館です。

建物は昭和5年(1930)に尼崎信用金庫第2代本店として建築されました。

平面とカーブが組み合わされた当時流行のデザインで、設計は、阪神間モダニズムを代表する建築家の古塚正治(1892~1976)によるものです。

4 本町ビル

昭和45年(1970)撮影の本町ビル(あまがさきアーカイブズ所蔵)

大正12年(1923)に尼崎共立銀行の本店として竣工した鉄筋コンクリート造の建物です。


現在は国道43号に面していますが、かつては旧中国街道の道筋であり、尼崎旧城下の目抜き通りでもあり商店街があった本町通に位置していました。


内部は一般公開されていませんが、市内に現存する鉄筋コンクリート造建物としては最も古く、近代尼崎の歴史を語る貴重な近代建築遺産のひとつです。

商店街の角地にあった三和銀行西支店(尼崎共立銀行は後に三和銀行の支店となった)(前掲『尼崎市街図』)

5 尼崎市開明庁舎

室戸台風の災害復興事業の一環で昭和12年(1937)2月に開明尋常小学校校舎として竣工した建物。

窓や庇が整然と並ぶ水平性が強調された端正なデザインが印象的な学校建築です。

見どころは何といっても南玄関。半円形に張り出している階段室と煙突のようにつき出た柱は、まるで艦船のよう。

廊下のアーチも当時の建築ならではで、ドラマのロケにも使われています(ムショぼけ)。

また、1階の旧校長室には戦前の奉安庫が現存していて、メモリアルホールとして公開されています。

※奉安庫…全国の学校に設置されていた天皇皇后の肖像写真「御真影」と教育勅語の謄本を保管する場所。戦後は金庫として使われた場合もある。

6 大津表具店

現在の様子
『大日本職業別明細図』(昭和8年、あまがさきアーカイブズ所蔵)

昭和4年(1929)末頃の竣工。

建築年を示すものは現存していませんが、地域研究史料館(現歴史博物館)が平成11年(1999)に調査した際、天井裏の梁からぶらさげられていたであろう棟札が残っていて、片側に墨筆で「昭和四年拾月(注・10月)吉日 大工棟梁 桜井寅吉」、もう片面には「上棟式 岡澤浪一郎」と記されていたそう。

また、昭和8年(1933)刊行の『大日本職業別明細図』には当時の写真が掲載されていて、戦前期にはこの建物が眼科医院として使われていたことがわかっています。

7  旧尼崎警察署

昭和39年(1964)撮影の警察署(あまがさきアーカイブズ所蔵)

大正15年(1926)竣工。置塩章(おしお あきら)設計。セセッション様式またはアール・デコ様式と評されています。

左右対称の構成で、正面中央部の玄関付近に装飾が集中して配され重厚な雰囲気をもっており、当時の庁舎建築の特徴をよく表しています。

昭和46年(1971)に城内児童館へ転用された際、外壁が塗装され、窓枠がスチール製からアルミ製に交換されていますが、そのほかの外観は竣工時から大きく変わっていません。その後、平成元年度に再び外壁の塗装が行われています。


内部は地階が建設当初の姿をよく留めており、留置場はほぼ完全な姿で残っていて過去に映画撮影に使われたことも。

現在は老朽化のため内部非公開ですが、城内地区の景観を担う貴重な建築です。

8  歴史博物館

石垣風の校門も国の登録有形文化財に指定された
廊下のアーチが美しい(撮影:むらいさち)

昭和13年(1938)竣工のモダニズム建築。当時は高等女学校の校舎として建築されました。

正面玄関両サイドの八角形の窓や、2本の円柱で支えられた大きなひさし、ひさし上の時計台など、玄関周りの意匠が特徴的で、その文化的価値が認められて、昭和2年(1927)築造の校門とともに、国の登録有形文化財に登録されました。

戦後は、市立尼崎高校、城内中学校(のちの成良中)を経て、現在は歴史博物館として利用されています。

9 尼崎レンガ倉庫(阪神電鉄旧尼崎発電所)

明治38年(1905)に開業した阪神電気鉄道の尼崎発電所として、開業の前年に建設されたと考えられています。

設計は、尼崎紡績に所属し同社第二工場を設計した茂庄五郎(推定)とされています(http://www.amaken.jp/18/1813/)。

この発電所は、電車運行の動力源であると同時に、周辺町村にも電灯用の電力を供給しました。

現在は鉄道関係の資材倉庫として利用されていて普段は中に入ることはできませんが、歴史的・文化的価値が認められ保存されています。

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